あさみ日記Z

日々を生きる。

尾崎豊記念碑へ行った。 170402

 2日は家族で一人暮らしの買い物をした後、

 

まず渋谷の尾崎豊記念碑に向かった。

ネットで画像見ただけで感動してガチ泣きをしてしまった、尾崎豊記念碑。

 

彼のとてもとても繊細で直情的な魂が、今でも多くの人に愛されてることがとても感動的で嬉しいことだった。

 

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1965.11.29.ー1992.04.25.
26年間生き続けた尾崎豊が残した濃い感情の数々。

 

嘘をつくことがどうしても嫌だった。
世の中に違和感持ってた。
孤独だった。
本当のことを知りたかった。
若者を救いたかった。
自分を救いたかった。
自分自身を捨てたくなかった。

 

だから最後まで自分の魂を叫び、戦い続けた、

 

時には悟りながら、時には戦いを終わらせて手放し、時には溜め息して悩みながら、
そんな尾崎豊少年。

 

色々考えながら、渋谷へ行き、実際に記念碑の前に立ってみると…

 

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数多くの尾崎少年への愛のメッセージに囲まれる空間、

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そこに立つと、
いち人間である、自分の中にも未熟だとしても駆け巡る、抑え込んでも駆け巡りたくなる気持ちが、もし本当にあるとしたら、
それを許されているような感じになった。

 

尾崎豊は太陽を求めてる人だった。
太陽に照らされるから、心の中が輝く。
悲しみも含めて。

 

「これは書かなきゃ」ってことで、自分も尾崎の魂にまで届くようにメッセージ書いた。

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それから、尾崎豊の手に自分の手を重ねてみた。
すると冷たかった気がした。

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これはなんだろうね…そう感じたのは、やっぱり、
俺が今ここにある「浅見直明」っていう本当の人生を歩いてないからかも。って思った。

 

リアルな自分も生きようとするから、
尾崎豊のような、歌のメッセージも生きようとする、というか…。

でも、本当に嬉しかったのは、
尾崎豊が亡くなった今でも愛され続けてること。

生きる希望がじわじわ湧いてくる場所だった、尾崎豊記念碑。

昨日は久々の長時間の電車で疲れてたけど、まだまだがんばろうって思った。

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